家の犬、逃亡
うちの飼い犬、柴犬の`まる‘がいなくなってしまった。
もう老犬の域にさしかかっているので、油断した。
六月に入ってすぐの、梅雨がもうすぐの時だった。
まるとの散歩は、車がすれ違うのが困難なくらい狭い道を行く。
まあ、車の通りはほぼ無い。あっても軽トラがたまに通るくらい。
その道に山側から木の枝が、伸びて垂れ下がってくる。
その下がってきた枝が丁度、走ってる車に当たってしまう。
毎日この道路を使うのは、僕だけ。
そしたら、切らなしょうがない。
まるとの散歩がてら、高枝切りばさみを持って枝を切りに行ったんや。
到着すると右の手首にまるのリードを通して、
両手ではさみを持ち上げた。
枝を切るポイントが少し高い、しかも、まるが首を振って暴れる。
まるにリードを引っ張られて、はさみを持つ手が揺れる。
「切りづらいわ!」たまらずリードを手からはずして地面に置き、
再びはさみを上げて枝を切った。バサッと落ちる切った枝。
運悪く、頭の上に落ちてきて、手ではらってからリードを探した。
「あれっ?無い」
周囲を見渡すと、まるは消えていた。
リードを置いてから十秒程しかたっていなかった。
神隠しにあったようにいなくなってしまった。
辺りを見渡すけども、まるはいない。
もう、あまり走れないだろうと考えていたのが甘かった!
ヤツはこの一瞬のチャンスを逃がさなかったのだ。
いきなり手に入れた自由を奪われたくないが如く、
全力で走り去ってしまった。
まずいことになってしもた。茫然自失だった。
落ち着いて、まるの気持ちになって考えてみることにた。
まるは、落ちてきた枝に驚いてパニックになったと思われる。
無意識に逃げようとした瞬間、リードが繋がってないことに気づき、
とにかく、ダッシュ!となったと考えられる。
そしたら、どっちの方向に逃げた?
右手側にいたから、来た道を戻って行った可能性が高いな。
走って家に帰ることにした。
いつもいる、まるの小屋を見た。だが、いない。
もしかしたら、近所の飼っている犬のところにいるかもしれん。
走って行ってみた。しかし、いない。
他にまるの行きそうな所は、わからなかった。
とにかく、そこらじゅう行って探すしかなかった。
行方不明になって4時間、土砂降りの雨が降ってきた。
車で何回も捜索にでたが、犬どころか人っ子一人いない。
雨はやむ気配もなく、日が暮れてきた。
「長年一緒にいて、いなくなるのは一瞬かよ!」
そう嘆きながら、
「誰にも迷惑かけんと、ほんま早く出てきてくれー」
心の中で叫んでいた。
だが、その夜、まるは帰ってこなかった。
まるがいなくなって三日が過ぎた。
これはもう、帰ってこないとあきらめかけていた。
しかし、もう一度捜索に出ることにした。
何度も回った道や、山を歩いてみる。
やっぱりいない。
途方に暮れて家に帰ってきた。
ふと犬小屋を見ると、なにかおる。
近づいてみると、小屋に見慣れた柴犬がいた。
まるだった。
「どこを、ほっつき歩いとったんや!」
近づいてから、かがんでまるの顔をの見た。
まるは、何事もなかったかのように、自分の手の甲をなめていた。
あーそうやった、こういうヤツだったわ。
僕が帰る三十分程前に、軽トラで男の人がやってきたという。
なんでもその人は、ここから1キロ程離れた山の中で、
椎茸をハウスで育てている。
ハウスに椎茸を見に行ったところ、知らない犬がいた。
そして、犬がいなくなった家があるという話を聞いて、
うちまで、軽トラに乗せて連れてきてくれたという。
犬を見たら連絡してほしいと、椎茸ハウスの近所の人に
お願いしておいてよかった。
本当に、感謝してます。ありがとうございます。
もう二度と散歩中にリードは離さへんよう注意します。
今回、何とか運よく帰ってきたけど、駐在所には一報入れとく方が
よかったと思います。
なんか飼い犬が迷惑をかけてしまうと大変やからね。
脱走して帰ってきた`まる‘。
脱走生活は楽しかったのか、それとも辛かったのか
それは、まるにしかわからない。
ただわかったことは、飼い犬が飼い主と離れ、何十キロ、何百キロも
探し追いかけてくるという美談は期待できんということやね。