もぐおのかばん

もぐおがいろいろ吐露します

母のうらぎり

家族が信じられなくなったことがある。

いや、正確に言うと「母が」である。

当時小学五年生だった僕にとって、母は味方であるはずだった。

それがあんな形で裏切られるとは思ってもいなかった。

 

何の集まりだったか記憶が定かでないのだけど、鳥取県へ日帰り旅行の

バスの中でのことだった。

二人掛けの座席が左右に並ぶ大型バスの中。

前から四番目の僕の隣に弟が座り、そのひとつ前の座席に母と妹が座っていた。

他には僕と同年代の子とその母親が何組か座っていた。

知った顔も何人かいたが、後は知らない顔の子だった。

バスの中には二十代の女性のガイドさんがいた。

何とか盛り上げようとマイクを持ってしゃべる姿を見て、子供ながらに

申し訳なく思っていた。

 

そんな空気のバスの中、ガイドさんはあるゲームをすることを提案してきた。

そして一本のタオルを高々と左手で上げた。

タオルにはひとつの結び目があった。

「この結んであるタオルを今から、右の前の座席から順に渡していきます。

その時タオルの結び目をほどいてから、もう一度結んで次の人に渡してくださいね。

一人の制限時間は十秒でーす。間に合わなかったら歌をうたってもらいまーす。」

僕は、血の気が引いた。

人前で歌をうたうということは、僕には拷問にも等しい行為だったのだ。

 

「それでは、前の席の君からよーいドン!」

悪夢のようなゲームが始まった。

「いーち、にーい、さーん...」

もう僕にはガイドさんが悪魔にしか見えなくなっていた。

 

「おかあちゃん、頼むからゆるく、ゆるく結んでよ!」

前の席の母に、僕は手心を加えるよう懇願した。

母は何も言わなかったが、タオルはゆるく結んであると信じていた。

前から三番目の席、母にタオルが回ってきた。

僕はいつタオルが回ってきてもいいように、両手を上げて待ち構えた。

「...なーな、はーち...」

その瞬間、母はタオルを投げてよこした。

キャッチできず下にタオルが落ちてしまった。

 

「なんで投げるんや!」

思わず声が出たが、すかさず拾って結び目をほどきにかかった。

「あれっ!?ほどけん、硬すぎてほどけん!!」

結び目は信じられんくらいの硬結びであった。

「ろーく、しーち、はーち...」

無情なガイドのカウントがバスの中に響く。

「じゅーう、アウトー」

この時、僕は母を信じられなくなった。

 

その後、何を歌ったかわからない。童謡か何かだったと思う。

声が小さい僕と、一緒にうたってくれたガイドさんには感謝してます。

まあ、この状況をつくったのはガイドさんやけど...

 

あれから三十年以上たつけど、母にタオルをなぜ硬く結んだのか聞けてない。

母が焦ってたのか、僕に歌をうたわせたかったのか、それはわからない。

ただ言えるのは、母に裏切られたことは、ほんまにショックやったわ。

 

あの時のタオルの結び目の硬さは、今だに忘れられん。

夢に出てきて、うなされそうや。

「ほどけーん、ほどけーん」って...