もぐおのかばん

もぐおがいろいろ吐露します

上司のヒデさん

 

 

盆休みも終わり、これから日の入りもどんどん早まっていき秋がやってくる。

この季節の変わる時期に前に勤めていた会社の上司が亡くなった。

もう10年以上経つ。

                        

その人は「ヒデさん」と親しみを込めてみんなに呼ばれていた。

当時ヒデさんは50代、私は30代半ば。

同じ部署にいたこともあったが、亡くなった時は違う部署だったため

病気のことは全然知らずにいた。

 

体調が悪いということを耳にして、そういえば最近あまり姿を見かけないと

思っていた矢先、朝礼でヒデさんの訃報が伝えられた。

肝臓がんだった。

今までいっしょに働いてた人が亡くなったと急に言われても、理解できなかった。

 

ヒデさんはいつも不機嫌というか、キツイというか、サッパリしているというか

なんでもストレートに言う人だった。

うるさいという人もいたけれど、

「ヒデさんはマスオさんやからストレスがたまっているからしょうがないな」と

冗談でそう言われて慕われていた。

 

僕はけっこう周りから孤立していて、みんなから敬遠されていた。

そんな僕にでもふつうに接してくれたのがうれしかった。

理不尽なことも多々あったが....

 

僕が昼休みに椅子に座って寝ていたら、寝てたのが気に食わんかったのか

いきなり後ろからやって来て

「寝るなーっ」

とヒデさんに椅子を蹴られたことがあった。訳が分からなかったが。

 

いっしょに他の会社に行った時、昼休みにその会社の女性社員が

お菓子を分けてくれたのにテーブルに置きっぱなしで帰ろうとしたので

「お菓子忘れてますよ」と伝えると

「いらん!」と言って平気な顔で答えてそのまま行ってしまった。

「なんや?この人」と、本気で思った。

 

後、ヒデさんが会社から車で帰宅途中、前に同じ会社の人の車がいた。

スピードが遅かったのか、ものすごい勢いでぶち抜いて行ってしまった。

それを見ていた同僚が話してくれた。

「同じ会社の人の車抜いたら、後で気まずいからふつう抜かんやろ」

と、ドン引きした。

 

本社から部長が来た時、部長に会いたくないから工場の奥の方に見つからないように

隠れていたけど、ずっと部長に名前を叫ばれて探されてしぶしぶ出てきたり....

あんまりろくなエピソードないな....

 

いや、忘れられないことがある。

僕はその頃仕事がつまらなくて嫌で嫌でたまらなかった。

そんな思いが顔に出てたんだろう、そのシケた僕の顔をヒデさんが見て、

「そんな顔するな、笑え!」

と言ってきた。

僕が黙っていると

「仕事面白うないか?

この先、面白うなかったらつらいだけやろ

噓でもええから笑え!」

僕は「はい....」と答えただけだった。

 

ヒデさんは、会社が好きだったんだろう。

病気で亡くなる前休みがちだったとはいえ、体調の良い日には会社に来てたから。

いつもギリギリに来てつまらなそうに仕事して、そそくさと帰っていく。

そんな僕を見て歯がゆかったんだろう。

自分の好きな会社で苦虫を嚙み潰したような顔で働く僕が。

そういえば

「タバコ吸え!」とかも言ってたな....

今思えば、なんでもええから僕に変わってほしかったんだろうと思う。

 

残念ながら僕はこの後、笑うことはあんまりなかったし、仕事も面白いと思うこと

もなくつらいままだったから、結局会社は退職した。

 

ヒデさんの好きだった会社では笑えなかったけれど、これからはなるべく

笑えるような生活にしようと思う。

 

「お前はほんまにしょうがねえやつだなぁ」

ってヒデさんに言われそうや。

まあ、笑ってごまかすけどね....