猫を飼うのに一番重要なのはトイレが所定の場所でできるかどうか
<無料で使っても良い猫の画像>
少し前から、外に出るたび何かいる気配がしていた。
ある日、家の窓から外を見たら飼い犬の後ろに何かいた。
うちの犬は老犬なのでもう何かの気配を察知する能力は消え失せている。
そんな老犬に寄り添うようにして子猫がじーっと座っていた。
毛の色は白くて少し背が灰色がかっている。
見るからに瘦せていて、目の周りが汚れていた。
とりあえず少し離れた位置で様子を見ることにした。
子猫はこっちに気づいていたようだが逃げようとはしなかった。
「人間に慣れている?」
かがんですり足で距離をつめていった。
手が届く距離まで近づいたけれど動かない。
手をそーっと伸ばすと子猫は一瞬逃げようとしたが素早くつかんで捕獲に成功した。
子猫は暴れなかった。そのままケージに入れて様子を見ることにした。
過去にも何度か猫が捨てられていた。
家の前が車があまり通らない山をぬける道路で、人目がないので
そういうことをやる人間が現れる。
今回もそんな感じだと思った。
うちには先住猫が4匹いたので、子猫はとりあえず
「新入りの弱々しい猫」ということで「よわよわ」と呼ぶことにした。
「よわよわ」は生後四、五ヶ月ぐらいの雄猫、親猫にまだ甘えている時期。
一応、猫缶も猫のカリカリもちゃんと食べれて、トイレもすぐに覚えた。
賢いぜ!トイレ覚えれない奴は致命的に飼うのがしんどい。
ヒョコヒョコと軽快に歩く姿はこまくて、かわいかった。
しかし目ヤニが多く出るのと、授乳ができないので健康が心配だった。
病院に連れて行こうか迷ったけれど猫の鼻炎に効く薬があったので飲ませた。
それと共に子猫のミルクとチャオちゅーぶを毎日与えることにした。
少しでも早く体重が増えて元気に走り回ってくれ....
「よわよわ」は、たまに外に出してやるとじーっと遠くを見ていた。
いったい何を見ていたのだろうか?
見慣れない風景なのか?それとも見えない捨てられる前の場所だったのか?
ある時草むしりをしていると、気がつくと「よわよわ」だけがそばに来ていて
こっちをじ~っと見ていたことがあった。
細い体で暑い中たたずむ「よわよわ」に涙が出そうになった。
「元気で大きくなって捨てたヤツを見返してやろうな」
「よわよわ」に言いながら頭を撫でた。
「よわよわ」は喉をゴロゴロと鳴らしていた。
そんな思いも虚しく「よわよわ」は体調を崩してしまった。
大量の鼻水が出始め、目ヤニでまぶたがひっいて目が開かなくなったりした。
一応食欲だけはあったので栄養をよく取らせた。
朝、目が覚めて一番に「よわよわ」の様子を確認した。
「よわよわ」はいつものようにじっと座ったままだった。
チュールちゅーぶを口元にやっても3口なめただけ、歩く姿もよろよろと左右に
よろめいて足元がおぼつかなかった。
それからすぐに容態が悪化した。
「よわよわ」は横になってまま動かなくなって、時おり口を開けて苦しみ始めた。
自分はただ撫でてやることしかできなかった。
「よわよわ」は容態が急変して30分もしないうちに動かなくなった。
あっという間の事だった....
結局、この家に来てから4週間の間しか「よわよわ」とは一緒にいられなかった。
病院に連れて行くのが面倒だったから様子をみることにしたのか?
食欲があるから大丈夫と良いように解釈したのか?
それとも、しばらくしたら元気になるだろうと高を括っていたのか?
全部間違っていたんだろう....
今さら後悔しても遅い。
ほんまに飼い猫が死ぬのはいつも辛すぎる。
何匹看取ってきたかも、もうわからん。
ペットロスでメンタルもずっと落ちっぱなしになるわ。
まあ猫を捨てるようなクズにはわからんだろうがな....
「亡くなったペットは虹の橋に行く」という話を聞いたことがあるだろうか?
虹の橋のたもとには楽園があって、そこで飼い主に再会する日を待っているという。
「よわよわ」もそこにいるのだろうか?
虹の橋には冷たい雨がずっと降っている場所があるという。
その冷たい雨はペットを亡くした飼い主が悲しんで流す涙。
いつまでも悲しんでいるとペットも冷たい雨に打たれっぱなしになる。
「よわよわ」に亡くなってからもそんな仕打ちを受けさせる訳にはいかん。
「よわよわ」、いつ行くかわからんが虹の橋で待っとっていてくれ!
短い間やったけど飼い主と思ってくれとんのやったらやけど....